林 邦彦(尚美学園大学総合政策学部)
5.フェロー語圏の作品群
5.1.フェロー語バラッド |
フェロー諸島、およびデンマークの一部の地域において使用されているフェロー語では多くのバラッドが伝承されている。これらのバラッドは主として18世紀後半以降に採録されたものである。
フェロー語バラッドには北欧の神話・英雄伝説やカール大帝を扱ったもの、中世アイスランドの個人やその家族の生活を描いた「アイスランド人のサガ」やノルウェー王の伝記である「王のサガ」と呼ばれるジャンルのサガと共通する内容を持つもの、さらには騎士ロマンスを扱ったものなどが存在する。 その騎士ロマンスを扱ったバラッドの中に、トリスタン物語を扱った『トゥイストラムのバラッド』(Tístrams táttur)、アーサー王伝説等に題材を取った『ヘリントの息子ウィヴィント』(Ívint Herintsson)が存在する。 |
5.1.1.『トゥイストラムのバラッド』(Tístrams táttur) |
『トゥイストラムのバラッド』は1848年、V. U. ハンメシュハイム(Hammershaimb)により、当時77歳のインフォーマントの協力を得て記録されたもので、1スタンザ4行、37スタンザからなる。
◎物語のあらすじ トゥイストラム(Tístram)とウィスィン(Ísin)は相思相愛の仲であったが、トゥイストラムの両親は彼をウィスィンから引き離すためにトゥイストラムをフランス王のもとへ遣る。両親はトゥイストラムをフランス王の娘と結婚させるつもりで、「もしトゥイストラムがフランス王の娘との結婚を拒むようであれば、トゥイストラムを処刑して欲しい」との内容が書かれた手紙をトゥイストラムに持たせる。トゥイストラムは出発前にウィスィンと会い、必ず戻って来ると約束する。 トゥイストラムはフランスに着くと、王に面会し、手紙を渡す。それを読んだ王は、求婚者が来たことを娘に知らせるが、トゥイストラムは王娘との結婚を拒み、絞首刑に処される。 トゥイストラムの随行者達は国へ戻る。トゥイストラムが処刑されたことを知ったウィスィンはフランスへ赴き、王宮に火を放ち、女性も子どもも死に至らしめる。私が何をしたというのかと訊くフランス王に対し、トゥイストラムの命を奪ったからだと答えるウィスィン。それから彼女はトゥイストラムが吊るされているところへ向かい、彼を降ろして地面に横たえ、自らも息絶える。 |
5.1.2.『ヘリントの息子ウィヴィント』(Ívint Herintsson) |
『トゥイストラムのバラッド』と同じく、騎士ロマンスを扱ったフェロー語のバラッドに含まれるもので、アーサー王伝説等に題材を取ったものである。
この『ヘリントの息子ウィヴィント』(Ívint Herintsson)と呼ばれる作品は三つのヴァージョンが採録されており、それぞれAヴァージョン(1822~1854年の間の採録)、Bヴァージョン(1781~82年の間の採録)、Cヴァージョン(1854年までの採録)と呼ぶのが通例である。 形式は1スタンザ4行で、いずれのヴァージョンも複数のバラッドから構成されるバラッド・サイクルで、作品の大筋は、このABCの三ヴァージョンの間で共通している。 この作品の物語は、表題になっている人物ウィヴィント(Ívint)の父ヘリント(Herint)の求婚話、そしてその息子ウィヴィントおよびその兄弟の冒険、さらにはウィヴィントの息子ゲァリアン(Galian)の冒険によって構成されている。ウィヴィントの父ヘリントの求婚相手が、アーサー王のことと考えられるハシュタン王(Hartan王)の妹である。 ◎物語のあらすじ(ここでは代表としてAヴァージョンを用いる。) Ⅰ.『ヨアチマン王』Jákimann kongur(80スタンザ) フン族の国の王で醜悪な風貌のヨアチマン(Jákimann)は船でハシュタン王(Hartan王)のもとへ赴き、王妹への求婚の意志を伝えるが、王妹は拒絶。それを知ったヘリント(Herint、在住国名は記されず)もハシュタン王の妹を妻にもらいたいと思い、船でハシュタン王のもとへ赴く。ヨアチマンとヘリントの一騎打ちの末、ヨアチマンはヘリントに斃され、ヘリントはハシュタン王の妹と結ばれる。 Ⅱ.『クヴィチルスプラング』Kvikilsprang(60スタンザ) ヘリントとハシュタン王の妹の間には三人の息子ウィヴィント(Ívint)、ヴィーフェル(Víðferð)、クヴィチルスプラング(Kvikilsprang)が生まれる。三男のクヴィチルスプラングはジシュトラント(Girtland)へ赴くが、捕らわれの身となる。ジシュトラント王の娘ロウスィンレイ(Rósinreyð)は父王にクヴィチルスプラングを自分に与えるよう懇願するが、父王は拒否。ロウスィンレイはウィヴィントに応援に来てもらうべく彼に使いを送る。事情を知ったウィヴィントはジシュトラントへ向かい、クヴィチルスプラングを救出。翌日、二人はジシュトラント王やその軍勢と戦い、ウィヴィントはジシュトラント王を斃す。クヴィチルスプラングはロウスィンレイと結ばれ、ジシュトラントの王位に就く。 Ⅲ.『ウィヴィントのバラッド』Ívints táttur(80スタンザ) ウィヴィントの弟ブランドゥル(Brandur hin víðførli「幅広く旅するブランドゥル」。前出のヘリントの二男ヴィーフェルVíðferðと同一人物か?)が「異教徒の(heiðin)森」へと冒険に出かけ、巨人を斃すが、毒のある泉で落命する。それを知った兄のウィヴィントは仇討ちをするべく冒険に出かける。ウィヴィントは巨人レイン(Regin)とその母を殺す。 Ⅳ.『ゲァリアンのバラッド 第一部』Galians táttur fyrri(100スタンザ) ハシュタン王の城市を野生の鹿が走り回っているとの情報がハシュタン王の宮廷に寄せられる。鹿狩りが行われ、ウィヴィントも参加する。鹿は捕まえられず、その晩、ウィヴィントはある裕福な未亡人の館で宿を取り、未亡人と肉体関係を持つ。未亡人は子どもを宿す。翌朝、ウィヴィントは「いつ帰って来るのか」との未亡人の問いには「自分が帰って来ることを期待するな」と答え、ウィヴィントは出発する。裏切られたと思った未亡人は毒の入った飲み物をウィヴィントに飲ませ、ウィヴィントを長期間病床に置くことで復讐しようとする。 ウィヴィントはハシュタン王の宮廷に着く頃には発病しており、宮廷の上階の部屋で病床に伏す。九ヶ月後、未亡人は男児を出産。男児は母親のもとで育ち、武勇に優れた若者へと成長するが、ふとした機会に自分の父のことを耳にし、母から詳細を聞き出すと、「もしそなたが父に危害を加えたのであれば、すぐに死んでもらう」と母に対し剣を抜いて身構えるが、母から「自分の母親を殺すとは狂った(galin)人間だ」と言われると、男児は自分がゲァリアン(Galian)という名で呼ばれることを求める。ゲァリアンは母から父ウィヴィントの病を癒す飲み物を渡され、ハシュタン王の宮廷へ向かう。 ウィヴィントとよく似た男が城市に向かっているとの情報がハシュタン王の宮廷にもたらされると、レイウル(Reyður)という名の騎士がその男に立ち向かうことになる。ハシュタン王の宮廷までやって来たゲァリアンはレイウルと一騎打ちをすることになり、ゲァリアンはレイウルを斃す。宮廷でゲァリアンは病床のウィヴィントに面会し、母からもらってきた飲み物を飲ませるとウィヴィントは快癒し、周囲は喜ぶ。 Ⅴ.『ゲァリアンのバラッド 第二部』Galians táttur seinni(60スタンザ) ハシュタン王は毎年クリスマスに「北の入江(Botnar norður)」と呼ばれる場所に臣下を派遣する習慣があった。「お前はまだ若すぎる」とのハシュタン王の制止を振り切り、ゲァリアンは「北の入江」へ向かい、多くの怪物を捕らえる。彼はある巨人が多くの勇士達を捕らえているのを目にし、巨人を斃す。ゲァリアンが巨人の住む広間へ行くと、ある美しい乙女が座っている。彼はその乙女を連れてゆく。ゲァリアンは龍が飛んでいるのを目にし、龍に向かってゆく。彼は馬もろとも半身まで飲み込まれるが、剣で自らを解放する。ゲァリアンは、かの乙女を連れてハシュタン王の元へ向かう。 ウィヴィントとよく似た男が城市に向かっているとの情報がハシュタン王の宮廷にもたらされると、他ならぬウィヴィントがその男と戦うことになる。ゲァリアンが宮廷までやって来ると、彼を息子ゲァリアンだとわからないウィヴィントとの間で一騎打ちが行われるが、やがてゲァリアンは戦いを中断して自らの正体を明かし、父ウィヴィントに、かつて自分を孕ませて程なく捨てた母と結婚するよう命じる。ウィヴィントはゲァリアンの母を娶り、ゲァリアンは「北の入江」から連れてきた乙女と結ばれる。 ◎作品の特徴 この作品にはかねてより、アーサー王物語の痕跡が指摘されている [1] 。 まずハシュタン(Hartan王/Artan王)であるが、この名はアーサー王の名と類似しており、かつ作品中、「ハシュタン(Hartan)王の御世では国ではこのような慣わしだったのだが、新しい知らせがもたらされることがなければ、何人も食卓へ行くことはならなかった」という記述が(特にAヴァージョンにおいては繰り返し)登場するが、これは他言語圏のアーサー王文学に描かれたアーサー王の習慣でもある。 主人公のウィヴィント(Ívint)の名が『イーヴェンのサガ』の主人公イーヴェン(Íven)の名と類似しており、またⅣの『ゲァリアンのバラッド 第一部』において、ウィヴィントは未亡人と一夜をともにし、彼女に子どもを孕ませるが、『イーヴェンのサガ』の主人公イーヴェンが愛を捧げる相手も未亡人である。 そしてウィヴィントはⅢの『ウィヴィントのバラッド』において、ゲァリアンはⅤの『ゲァリアンのバラッド 第二部』において各々空飛ぶ龍と戦い、またゲァリアンはⅤの『ゲァリアンのバラッド 第一部』において巨人と戦うが、こうした龍との戦いや巨人との戦いは『イーヴェンのサガ』や『エレクスのサガ』にも登場する。 また、Ⅳの『ゲァリアンのバラッド 第一部』の冒頭で鹿狩りが行われるが、これは『エレクスのサガ』の冒頭においてアーサー王の指示で鹿狩りが行われるエピソードを連想させる。 一方、ウィヴィントの病を癒す飲み物の入った瓶を持ったゲァリアンがハシュタン王の宮廷に到着した折、騎士レイウルとの一騎打ちの末、ゲァリアンはレイウルを斃すが、このレイウルという騎士は『パルセヴァルのサガ』において、パルセヴァルが最初にアーサー王宮廷を訪問した際にパルセヴァルに斃される真紅の騎士を思わせる。 また、Ⅴの『ゲァリアンのバラッド 第二部』でウィヴィントとゲァリアンの父子が一騎打ちをするが、こうした親族との争いはアーサー王物語に見られる素材である。 |
Notes |
^1. Kölbing, Eugen(1875)、Liestøl, Knut(1915)、Kalinke(1996j)、Driscoll, M. J.(2011)を参照。 |
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5.1.フェロー語バラッド 5.1.1.『トリストラムのバラッド』(Tístrams táttur) 一次資料 Tístrams táttur. In: N. Djurhuus(ed.)Føroya Kvæði. Corpus Carminum Færoensium 5, 283-285. Copenhagen: Akademisk Forlag, 1976.
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