パーシヴァル/パースヴァル【英】


Percival / Perceval

 クレチアン・ド・トロワ(Chrétien de Troyes)による『ペルスヴァルまたは聖杯の物語』(Perceval ou Conte du Graal、1181–1190年頃、以下『ペルスヴァル』)の主人公は、トーナメントで夫を亡くしたことから騎士のいる世界を疎み森へ隠遁した母により育てられる。そのために、高貴な生まれにもかかわらず‘nature’(自然)のみに従い、‘nurture’(教育、特に教育により身につけられる宮廷的教養・洗練)に欠けた「純粋な愚者」として登場する。この無知でも生来の高貴さを随所で発揮する少年が、騎士を目指す中で聖杯に遭遇しその神秘に挑む探究の物語は、中世ヨーロッパの詩人の想像を掻き立て、古仏語の続編を生んだほか、様々な言語で翻案された。しかし、「パーシヴァル」と名付けられた英雄の活躍が描かれる中英語の作品は『ガレスのパーシヴァル卿』(Sir Perceval of Galles)とトマス・マロリーの『アーサー王の死』(Le Morte Darthur)のふたつしか現存していない。[1]「パーシヴァル」が円卓の騎士のひとりとして中世イングランドで広く知られたのは、ジェフリー・チョーサー(Geoffrey Chaucer)の『カンタベリ物語(The Canterbury Tales)』の「トーパス卿の話(The Tale of Sir Thopas)」でも言及されることから明らかである。[2]そのため、翻案数の少なさはパーシヴァルの物語への関心の希薄さの表れというよりも、当時のイングランドの読者層が古仏語あるいはアングロ=ノルマン語に親しみ、翻訳の必要をあまり感じていなかったことの証左と見ることができる。

 ふたつの中英語翻案作品は、クレチアンの伝統に対照的に棹さしている。『ガレスのパーシヴァル卿』(14世紀前半)は愚かな野生児が騎士を目指すプロットのみを受け継いでいる。この作品で主人公パーシヴァルは森で母アシュフルール(Achflour)の手により育てられ、教養はないが槍を巧みに操る身体壮健な子どもとして育つ。そして、ガウェインを含む3人の騎士を目にしたことをきっかけに、牝馬で単身アーサー王宮廷に乗り込み、自らの騎士叙任を願う。物語の冒頭はクレチアンの『ペルスヴァル』のプロットから大きく逸脱していないが、中盤以降は全く異なる。すなわち、騎士としての礼節・振る舞いについて教える指導者は登場せず、聖杯も出現せず、パーシヴァルが愛しのブランシュフルールを思って瞑想に耽ることもない。そのために、『パーシヴァル』の主人公は騎士としての教養を身につけることもなければ、霊的救済と罪について悩むこともなく、冒険の途中に愛しい貴婦人に思いを馳せる騎士としても描かれない。パーシヴァルは、乙女の国(Maydenlande)を包囲するサラセンの軍勢を壊滅させ、その指導者であるスルタンとの一騎打ちを制して貴婦人ルフアムール(Lufamour)を救い、その功により彼女を妻として同地の王となる。この筋書きは、登場人物の内面描写よりもアクションに重点が置かれ、多くの場合、主人公が冒険の末貴婦人の愛を勝ちとり、結婚により社会的上昇を果たすポピュラー・ロマンスの典型と言えるだろう。また、アシュフルールは、『ペルスヴァル』の主人公の母のように息子が去った悲しみで亡くなり息子の罪の一因となることなく、息子に指輪を渡し気丈にその帰りを待つ。[3] 後に、その指輪を巨人が持っているのを見て息子が死んだと勘違いして発狂するものの、息子の手により正気を取り戻す。母子の別離と再会を主題のひとつとする本作は、ポピュラー・ロマンスのサブ・ジャンルのひとつであるファミリー・ロマンスとしても読むことができると指摘されている。[4]

 一方、マロリーの『アーサー王の死』においてパーシヴァルが中心人物として現れるのは「聖杯の高貴な話(‘the noble tale off the Sankegreall’)」であり、タイトルが示す通り、この話は聖杯探究のテーマを引き継いでいる。「聖杯の高貴な話」の主要な材源は『ランスロ=聖杯』サイクル(流布本サイクルとも呼ばれる)のひとつのブランチであり、『ペルスヴァル』の続編として不詳の作者により作られ流布した『聖杯の探索』(La Queste del Saint Graal)と言われている。[5] マロリーの「聖杯の高貴な話」は聖杯を通じた霊性向上の探究を栄誉や愛の追求を求める騎士道の下位に位置付けた古仏語原典の改悪として批判されることもあった。[6] しかし、近年では、聖杯探求のナラティヴ(語り手により実在あるいは架空の聞き手に向け取捨選択的に語られる一連の出来事)[7] が世俗的な騎士道を検証・批判する役割を果たしているとの見解もある他、同ナラティヴが『アーサー王の死』の中で他のパートと密接に関わり完成された論理のもとで構成されていると再評価する研究者もいる。[8]

 マロリー版『アーサー王の死』のパーシヴァル(Percyvale de Galis)は森で ‘nurture’なしに育った「純粋な愚者」ではなく、アグロヴァル(Aglovale)、ラモラック(Lamorak)、ダーナード(Dornar)を兄弟とするペリノー王(Kyng Pellenors)の正統な息子のひとりとして登場し、キャメロットでアーサー王によって騎士に任じられる。本作のパーシヴァルの母については、隠修女として聖杯探索を行う騎士に助言を授ける彼女の姉妹(つまりパーシヴァルのおば)によって、息子の出発後悲しみから亡くなったことが明かされる。この点はクレチアンの『ペルスヴァル』に則っているが、母の死がパーシヴァルの罪として取り上げられることはない。『アーサー王の死』の聖杯探究で主題化される罪はパーシヴァルによる質問の失敗・母の死の放置ではなく、女性に体現される肉欲に由来するとされ、パーシヴァルは美しい貴婦人の姿をとった悪魔に誘惑される。パーシヴァルはこの悪魔の巧みな誘惑にすんでのところで屈しそうになるものの、十字を切ることで何とか清い身を保ち、他の聖杯の騎士であるガラハッド(Galahad)とボース(Bors)と3人で聖杯による神秘的ミサに与ることに成功する。そして、聖杯の奇跡で一瞬味わった神との合一の至福に再び至りたいと願ったガラハッドが天に迎え入れられたのを見届けた後、アーサー王の宮廷に戻らずに隠者となり、信仰のなかで死を迎える。

 また、マロリーの「聖杯の高貴な話」ではパーシヴァルの妹も聖杯探究に重要な役割を果たす。マロリー版では、原典である『聖杯の探索』同様に、パーシヴァルの妹は髪を切って俗世を捨て隠修女となった後に聖杯の騎士たちの前に現れ、その髪と金・絹からソロモン王がガラハッドのために残した剣の帯を作り、自らの手で帯を剣に巻く。また、死に至ることを覚悟しながら、長年癩病を患ってきた貴婦人を助けるために自らその血を捧げる。そして、ガラハッドが葬られる都市サラスで自分も埋葬されることを願って、その遺体を同地に向けた船に乗せるよう頼む。このエピソードは自己犠牲を通じて他者に救いを与えるキリストのような人物としてパーシヴァルの妹を提示するため、多くの研究者の関心を集めている。[9] なお、アルフレッド・ロード・テニスン(Alfred Lord Tennyson)の『国王牧歌』の「聖杯」の巻では、パーシヴァルの妹の幻視によって聖杯探究が始まったことになっている。

[1]『ガレスのパーシヴァル卿』の学術校訂版はMary Flowers Braswell, ed., Sir Perceval of Galles and Ywain and Gawain (Medieval Institute Publications, 1995)があり、邦訳はない。『アーサー王の死』は英語の学術校訂版は多く出版されているが、この解説でThomas Malory, Le Morte Darthur: The Original Text Edited from the Winchester Manuscript and Caxton’s Morte Darthur, ed. by P. J. C. Field (Brewer, 2017)およびThomas Malory, Le Morte Darthur, or, The Hoole Book of Kyng Arthur and of His Noble Knyghtes of the Rounde Table: Authoritative Text, Sources and Backgrounds, Criticism, ed. by Stephen H. A Shepherd (Norton, 2004)を参照した。『アーサー王の死』は完訳版としてトマス・マロリー『アーサー王の死』井村君江訳、全5巻(筑摩書房、2004年)があるが、抄訳としてトマス・マロリー『アーサー王の死』厨川文夫・圭子訳(筑摩書房、1986年)もある。 

[2] Geoffrey Chaucer, ‘Sir Thopas’, in The Riverside Chaucer, ed. by Larry D. Benson, 3rd edn (Oxford University Press, 2008), p. 216; VII 916); ジェフリー・チョーサー『カンタベリ物語』池上忠弘監訳、共同新訳版(悠書館、2021年)、p. 645.

[3] Baron F. Xavier, ‘Mother and Son in Sir Perceval of Galles’, Papers on Language and Literature 8 (1972), pp. 3–14.

[4] Raluca L. Radulescu, ‘Sir Percyvell of Galles: A Quest for Values’, in Handbook of Arthurian Romance: King Arthur’s Court in Medieval European Literature, ed. by Leah Tether and Johnny McFadyen (De Gruyter, 2017), pp. 389–402 (pp. 390–93).

[5] Ralph Norris, ‘Malory and His Sources’, in A New Companion to Malory, ed. by Megan G. Leitch and Cory Rushton (D.S. Brewer, 2019), pp. 32–52 (pp. 33–36).

[6] Jill Mann, ‘Malory and the Grail Legend,’ in A Companion to Malory, ed. by Elizabeth Archibald and A. S. G. Edwards, Arthurian Studies 37 (Boydell and Brewer, 1996), pp. 203–20.

[7] Chris Baldick, ‘narrative’, in ’The Oxford Dictionary of Literary Terms (Oxford University Press, 2015), pp. 327–28.

[8] Martha Claire Baldon, ‘Misunderstanding, Misperception and Mistakes: The Logic of the Grail in Old French Arthurian Romance and Thomas Malory’s Tale of the Sankgreal’, Neophilologus, 106 (2022), pp.1–23.

[9] 例えば次の研究が挙げられる。Joanna Benskin, ‘Perceval’s Sister as Spiritual Authority and Eucharistic Symbol in Malory’s Morte Darthur’, Journal of English and Germanic Philology, 117.3 (2018), pp. 360–89; Donald L. Hoffman, ‘Perceval’s Sister: Malory’s “Rejected” Masculinities’, Arthuriana, 6.4 (1996), pp. 72–83; Martin B. Shichtman, ‘Percival’s Sister: Genealogy, Virginity, and Blood’,Arthuriana, 9.2 (1999), pp. 11–20.

校訂版                               

Braswell, Mary Flowers, ed., Sir Perceval of Galles and Ywain and Gawain (Medieval Institute Publications, 1995)
<https://metseditions.org/editions/Y3qgegLhDakBt5R0IZ9AwF1lR1GP1QW> [accessed 3 March 2026]

Chaucer, Geoffrey, ‘Sir Thopas’, in The Riverside Chaucer, ed. by Larry D. Benson, 3rd edn (Oxford University Press, 2008), pp. 212–17

Halliwell, J. O., ed., ‘The Romane of Sir Perceval of Galles’, in The Thornton Romance, Camden Society 30 (Nichols and Sons, 1844), pp. 1–87

Malory, Thomas, Le Morte Darthur: The Original Text Edited from the Winchester Manuscript and Caxton’s Morte Darthur, ed. by P. J. C. Field (Brewer, 2017)

 — Le Morte Darthur, or,The Hoole Book of Kyng Arthur and of His Noble Knyghtes of the Rounde Table: Authoritative Text,Sources and Backgrounds,Criticism, ed. by Stephen H. A Shepherd (Norton, 2004)

Mills, Maldwyn, ed., Ywain and Gawain, Sir Percyvell of Gales, The Anturs of Arther (Everymans Library, 1992)

天沢退二郎訳、『聖杯の探索』人文書院、1994年

マロリー、トマス、『アーサー王の死』井村君江訳、全5巻(筑摩書房、2004年)

 —『アーサー王の死』、 厨川文夫・圭子訳(筑摩書房、1986年)                             

チョーサー、ジェフリー、『カンタベリ物語』池上忠弘監訳、共同新訳版(悠書館、2021年)

二次文献                               

Baldon, Martha Claire, ‘Misunderstanding, Misperception and Mistakes: The Logic of the Grail in Old French Arthurian Romance and Thomas Malory’s Tale of the Sankgreal’, Neophilologus, 106 (2022), pp.1–23

Benskin, Joanna, ‘Perceval’s Sister as Spiritual Authority and Eucharistic Symbol in Malory’s Morte Darthur’, Journal of English and Germanic Philology, 117.3 (2018), pp. 360–89

Hoffman, Donald L., ‘Perceval’s Sister: Malory’s “Rejected” Masculinities’, Arthuriana, 6.4 (1996), pp. 72–83

Leitch, Megan G. and Cory Rushton, ed., A New Companion to Malory (D.S. Brewer, 2019)

Mann, Jill, ‘Malory and the Grail Legend,’ in A Companion to Malory, ed. by Elizabeth Archibald and A. S. G. Edwards, Arthurian Studies, 37 (Boydell and Brewer, 1996), pp. 203–20

Radulescu, Raluca L., ‘Sir Percyvell of Galles: A Quest for Values’, in Handbook of Arthurian Romance: King Arthur’s Court in Medieval European Literature, ed. by Leah Tether and Johnny McFadyen, (De Gruyter, 2017), pp. 389–402 (pp. 390–93)

Shichtman, Martin B., ‘Percival’s Sister: Genealogy, Virginity, and Blood’, Arthuriana, 9.2 (1999), pp. 11–20

‘Sir Percevale of Galles’ in Database of Middle English Romance, <https://www.middleenglishromance.org.uk/mer/62> [accessed 3 March 2026]

Xavier, Baron F., ‘Mother and Son in Sir Perceval of Galles’, Papers on Language and Literature, 8 (1972),  pp. 3–14

最終更新日:2026年4月1日
文責:杉山ゆき(東京理科大学 教養教育院 講師)


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