『ガレスのパーシヴァル卿』
Sir Perceval of Galles
制作年代・現存写本・原典について
本作はLincoln Cathedral Library MS 91いわゆるリンカン・ソーントン写本のみに現存する2288行のテイル・ライムの詩である。リンカン・ソーントン写本自体は15世紀半ばに北ヨークシャーでロバート・ソーントン(Robert Thornton)により制作されたものの、物語の成立は1300年から1340年の間と考えられている。作者は不詳だが、言語的特徴からミッドランド北東部出身だと知られている。[1] 本作は12世紀のクレチアン・ド・トロワ(Chrétien de Troyes)による未完の『ペルスヴァルまたは聖杯の物語』(Perceval ou Conte du Graal、1181–1190年頃、以下『ペルスヴァル』)に始まり、古仏語の別の作者による続編、13世紀古ウェールズ語の『エヴロウグの息子ペレディルの物語』(Peredur Son of Efrawg)、同じく13世紀の中高ドイツ語のヴォルフラム・フォン・エッシェンバッハ(Wolfram von Eschenbach)の『パルチヴァール』(Parzival)と続く、パーシヴァルの物語伝統において、2つしかない中英語翻案作品のひとつとして誕生した。本作の詩人はクレチアンの作品を参考にしたと言われるが、[2] 後述するように、新興貴族層であるジェントリを始めとする想定される読者の価値観に合わせ古仏語原典から多くの改編が加えられている。[3]
『ガレスのパーシヴァル卿』の原典からの改編と再評価
クレチアンの『ペルスヴァル』やその続編からの大きな改編として、聖杯をめぐる霊的な探究の割愛・騎士としての成長への無関心・パーシヴァルの物語と共にガウェインの物語が展開される並行構造の喪失が挙げられる。本作に金の燭台・血を流す槍・聖杯・銀の肉切り板(いわゆる「グラアルの行列」)は現れず、騎士道について教え導くゴルヌマン・ド・ゴオール(Gornemant de Gohort)はおらず、またブランシュフルール(Blanchefleur)との恋の詳細なやり取りは含まれない。これらの改編により、物語から超自然的オーラが失われ、パーシヴァルの罪を悔いる葛藤や騎士としての人格的成長がほとんど描かれなくなったことから、本作は研究者の間で面白みに欠け、粗野であるとして軽視されることもあった。
しかし一方で、その改編があったからこそ『ガレスのパーシヴァル卿』は明瞭で簡潔な構造を持ち、14から15世紀にイングランドで人気を博した、基本的にハッピーエンドで終わるポピュラー・ロマンスに近づいたと言える。本作では、聖杯探究の神秘のかわりにロマンスでお馴染みの敵である巨人やサラセン人とパーシヴァルの戦いが描かれ、その母アシュフルール(Achflour)は息子の死を確信し一時的に発狂し森へ逃げ出すものの、物語の終盤で息子の手により正気を取り戻す。本作は基本的に明るい調子で語り進められ、クレチアンの『ペルスヴァル』のように、息子が去った悲しみ故に母が死に、その死が自らの罪に起因すると知ったペルスヴァルが悔い改め贖罪の旅に出ることはないのである。一連の変更は、本作を田舎の愚者による騎士道文化のパロディが散りばめられたコメディとして共感的笑いを誘うためのものだったのかもしれない。[4] 近年は、家族の別離と再会をテーマとするファミリー・ロマンスとの近似性が指摘された他、アシュフルールのエイジェンシー(制約的な状況のもとで行使される能動性)についての研究、[5] パーシヴァルの牝馬と軍馬の勘違いの意味の探索、感情史的アプローチによる再評価など、積極的に本作の研究が行われている。[6]
あらすじ
円卓の騎士パーシヴァル卿はアーサー王の妹アシュフルール(Acheflour)と結婚するが、トーナメントで赤の騎士に殺される。悲しみに暮れるアシュフルールは騎士の生活・文化を忌避し、幼い息子(同じくパーシヴァルと名付けられた)を連れ、山羊数頭と侍女、小さな槍だけを持って森へ身を隠す。15年後、アシュフルールは山羊皮の服と槍の扱い方しか知らない息子にキリスト教を説く。心を動かされた若きパーシヴァルは森で神を探し、イウェイン、ガウェイン、ケイと出会い、その豪華な衣装を見て「誰が神か」と問う。ガウェインが自分たちは神ではなくアーサーの騎士だと告げると、パーシヴァルは騎士叙任を願い王の宮廷を目指すことにする。アシュフルールは悲しみながらも最低限の礼儀作法と指輪を授け、クリスマスの日、牝馬に跨る息子を見送る。
アーサーの宮廷を目指す途上、パーシヴァルは城に眠る貴婦人を発見し、母の教えに従って彼女に口づけし、その指輪を母の指輪と交換しその場を去る。宮廷に着くと、アーサーはパーシヴァルが「野生しか知らない男(‘a wilde man’)」でありながら実の甥であることに気がつき、騎士に叙することに同意し食事を供する。しかし、そこで赤の騎士が広間に乱入し金の杯を盗み去る。パーシヴァルは杯を取り戻すと誓い、アーサーが鎧を与える間もなく飛び出し、赤の騎士を追跡し槍で討ち取る。パーシヴァルは赤の騎士の馬と鎧を奪って騎士としての外見を整えようとするが、鎧の脱がせ方がわからず、騎士を焼いて鎧を外そうとする。パーシヴァルを追ってやってきたガウェインが現場に到着し、鎧を脱がせ、パーシヴァルを着替えさせる。外見だけは騎士となったパーシヴァルは杯をガウェインに預けさらなる冒険を求めて出発、赤の騎士の母である魔女に出会い、倒す。その後、赤の騎士を宿敵としていた老いた騎士とその息子たちに遭遇するが、老いた騎士は赤の騎士の討伐をしたパーシヴァルを喜んで自分の城に迎え入れる。
そこに乙女の国(Maydenlande)からの使者が現れ、サラセン軍に包囲され孤立無縁にあるルフアムール(Lufamour)の名代としてアーサーのもとへ遣わされたことを明らかにする。それを聞いたパーシヴァルは直ちに乙女の国へと出発する。一方、使者からパーシヴァルの生存を聞かされ喜んだアーサーは3人の騎士(ガウェイン、イウェイン、ケイ)を従え後を追う。ひと足先に目的地へと到着したパーシヴァルは、一夜にしてサラセン軍を撃破する。ルフアムールはパーシヴァルを歓迎し、スルタンを倒せば彼女と領地を与えることを約束する。翌日、パーシヴァルはサラセンの増援部隊を破るが、到着したアーサーたちをスルタン一行と勘違いし攻撃しようとし、それを防ぐガウェインと戦うことになる。パーシヴァルは自らの誤りに気がつき、無事にアーサーたちと再会を果たす。スルタンがまもなく現れ、自らの軍を壊滅させた騎士との決闘を求める。アーサーはパーシヴァルを騎士に叙し、晴れて騎士として認められた彼はスルタンと戦い勝利する。乙女の国をあげてパーシヴァルとルフアムールの結婚が祝われ、アーサーたちは自分の宮廷へ戻る。
12ヶ月後のクリスマスの日、パーシヴァルは母を探す旅に出る。道中、木に縛られた貴婦人を発見するが、彼女はかつてパーシヴァルが指輪を交換した女性であった。その指輪は身につける者を傷付かず死なないようにする護符で、彼女の主人である黒の騎士はその喪失を不貞の証拠として彼女を罰していた。パーシヴァルは黒の騎士と戦い屈服させるが、彼女と和解すると約束したため命を助ける。その後、指輪を再度交換しようとするが、黒の騎士はアシュフルールの指輪をスルタンの弟でその地の領主である巨人に献上していた。 パーシヴァルは巨人を探し出し戦い、倒してその城に凱旋、指輪を取り戻す。しかし、城の門番から、巨人からその指輪と共に求婚されたアシュフルールが息子の死を確信して発狂し、森へ駆け去ったと聞く。パーシヴァルは鎧を母が作った山羊皮の衣服に替え、馬を降り、徒歩で故郷の森へと旅立つ。そして、井戸のそばでアシュフルールを見つける。パーシヴァルは警戒する母を無事に保護し城へ運び、そこで彼女は正気を取り戻す。パーシヴァルはアシュフルールと共に乙女の国に戻るが、程なくして聖地に赴き、多くの都市を降伏させた後、殺される。
注釈
[1] Mary Flowers Braswell, ‘Introduction to Sir Perceval of Galles’ in Sir Perceval of Galles and Ywain and Gawain, ed. by Mary Flowers Braswell (Medieval Institute Publications, 1995), pp. 1–6. note1この解説では左記の学術校訂版を参考にした。なお、『ガレスのパーシヴァル卿』の邦訳は出版されていない。
[2] David C. Fowler, ‘Le Conte Du Graal and Sir Perceval of Galles’, Comparative Literature Studies, 12.1 (1975), pp. 5–20, JSTOR, http://www.jstor.org/stable/40246191; Keith Busby, ‘Sir Perceval of Galles, Le Conte du Graal, and La Continuation Gauvain: The Methods of an English Adaptor’, Études Anglaises, 31.2 (1978), pp. 198–202.
[3] Raluca L. Radulescu, ‘Sir Percyvell of Galles: A Quest for Values’, in Handbook of Arthurian Romance: King Arthur’s Court in Medieval European Literature, edited by Leah Tether, and Johnny McFadyen, (De Gruyter, 2017), pp. 389–402.
[4] Caroline D. Eckhardt, ‘Arthurian Comedy: The Simpleton-Hero in Sir Perceval of Galles’, Chaucer Review, 8 (1974), pp. 205–20.
[5] ここでの「エイジェンシー」の定義は姫岡とし子による。姫岡とし子、『ジェンダー史10講』(岩波書店、2024年)、p. 223.
[6] Aude Martin, ‘Acheflour and Blauncheflour: Mothers and Wives in Sir Percyvell of Galles and Sir Tristrem’, Journal of the International Arthurian Society, 11.1 (2023), pp. 45–59; Alan C. Lupack, ‘Perceval’s Mare’, in Negotiating Boundaries in Medieval Literature and Culture: Essays on Marginality, Difference, and Reading Practices in Honor of Thomas Hahn, ed. by Valerie B. Johnson and Kara L. McShane (Medieval Institute Publications, 2022), pp. 289–304; Elizabeth Archibald, ‘The Importance of Being an Arthurian Mother’, in Medieval English and Dutch Literatures: The European Context. Essays in Honour of David E. Johnson, ed. by Larissa Tracy and Geert H.M. Claassens (Brewer, 2022), pp. 329–350; Drew Maxwell, ‘“Sorrow will meng a mans blode and make him for-to wax wode”: Representations of Male and Female Grief-Madness in Middle English Arthurian Romance’, in Grief, Gender, and Identity in the Middle Ages: Knowing Sorrow, ed. by Lee Templeton, Explorations in Medieval Culture, 18 (Brill, 2021), pp. 190–209.
基礎文献リスト
校訂版
Braswell, Mary Flowers, ed., Sir Perceval of Galles and Ywain and Gawain (Medieval Institute Publications, 1995) <https://metseditions.org/editions/Y3qgegLhDakBt5R0IZ9AwF1lR1GP1QW> [accessed 3 March 2026]
Halliwell, J. O., ed., ‘The Romane of Sir Perceval of Galles’, in The Thornton Romance, Camden Society 30 (Nichols and Sons, 1844), pp. 1–87
Mills, Maldwyn, ed., Ywain and Gawain, Sir Percyvell of Gales, The Anturs of Arther (Everymans Library, 1992)
二次文献
Archibald, Elizabeth, ‘The Importance of Being an Arthurian Mother’, in Medieval English and Dutch Literatures: The European Context. Essays in Honour of David E. Johnson, ed. by Larissa Tracy and Geert H.M. Claassens (Brewer, 2022), pp. 329–350
Eckhardt, Caroline D., ‘Arthurian Comedy: The Simpleton-Hero in Sir Perceval of Galles’, Chaucer Review, 8 (1974), pp. 205–20
Lupack, Alan C. ,‘Perceval’s Mare’, in Negotiating Boundaries in Medieval Literature and Culture: Essays on Marginality, Difference, and Reading Practices in Honor of Thomas Hahn, ed. by Valerie B. Johnson and Kara L. McShane (Medieval Institute Publications, 2022), pp. 289–304
Martin, Aude, ‘Acheflour and Blauncheflour: Mothers and Wives in Sir Percyvell of Galles and Sir Tristrem’, Journal of the International Arthurian Society, 11.1 (2023), pp. 45–59
Maxwell, Drew, ‘“Sorrow will meng a mans blode and make him for-to wax wode”: Representations of Male and Female Grief-Madness in Middle English Arthurian Romance’, in Grief, Gender, and Identity in the Middle Ages: Knowing Sorrow, ed. by Lee Templeton, Explorations in Medieval Culture, 18 (Brill, 2021), pp. 190–209
‘Sir Percevale of Galles’ in Database of Middle English Romance, <https://www.middleenglishromance.org.uk/mer/62> [accessed 3 March 2026]
最終更新日:2026年4月1日
文責:杉山ゆき(東京理科大学 教養教育院 講師)




